海にて唄う

 わしの住んでる家は海岸まで歩いても15分位のところなので、体調不良になる前はよく散歩がてら海まで行きました。途中、海の手前に県立の海浜公園があるので、中を一周散歩してから海に出ます。一周3キロくらいあるので、ちょっとした運動にはなります。
 途中、ベンチに座って一休みがてらちょっと小声で追分を唄いますが、一度だけ犬の散歩中の中年女性から「いい声ですね~、詩吟ですか」と声をかけられたことがあります。思わずにんまりしましたが、残念ながら、「詩吟ですか」と聞かれたので、ちょっと座ってお話でもしませんか、と誘うのはやめました。なかなかに江差追分を知っている人に出会うことはないものですな。           
 祖父が漁師であったせいで、子供の頃にはよくこの浜辺で地引網の手伝いをしたものです。もっとも、小学校に入ったかどうかという位の年だから、網を引くというよりは太い綱にぶら下がってたようなものだったろう。それでも、網を引き終わって、色々な魚がピチピチ跳ねる様子を見るのは別世界を覗いた気がして感動したものです。
 その頃は、波打ち際を足でさぐると、大きなハマグリが面白いように採れましたが、今では何艘もあった船もすっかり影を潜めて、ただの浜辺をさらしています。
 左に江ノ島、右に富士山、正面に伊豆半島がかすんで見え、その手前にはサザンの歌で知られる烏帽子岩(姥島)がポツンと見えます。
 その海に向かって追分を唄うのが日課のようになっておりました。湘南名物のサーファーがうようよいる日もありますが、誰もわしに関心を示す人はいません。ただ波打ち際に群れて羽を休めている鴎だけが聴いてくれます。
 江ノ島を鴎島に、烏帽子岩を神威岩に、伊豆半島蝦夷地に見立てて水平線に向かって唄うのは実に気持ちの良いものです。
 「浜辺の歌」の作詞で知られる林古渓が子供の頃近くに住んでいて、この海岸を思い浮かべながら作詞したことも最近わかりました。また昨年、最寄り駅の開通百周年を記念して、電車発車時の音楽もこの浜辺の歌になりました。
 はやく体調不良を克服して、またここで精一杯唄ってみたいものです。