息の吸い方について

 歌を歌う時は,息は鼻から吸うのが理想である。
 口から吸うとどうしても声帯が乾燥しやすく音程が不安定になりがちだからである。ヴォイス・トレーニングの教本なんぞを見ても、大体において、鼻から吸うことを推奨しているようです。とはいえ、わしのように穴が狭く詰まりやすい鼻の持ち主は、息継ぎで素早く鼻から吸うなんて芸当は出来やしないので、三日三晩寝ずに考えた末に悟った方法を特別大サービスで披露しよう。勿論「正調江差追分」を唄う時の息の吸い方である。
 世の中には、生まれつき息が長く続く人がいるんですね。そういう人に習うと、病気にかかったことのない医者が、薬の副作用に悩む患者の気持ちが理解できないのと同じで、音感の確かな人が音痴の人を理解できないのと同じで、また方向感覚が確かな人が方向音痴の人を理解できないのと同じで、息が続かないということが理解できないから、適切なアドバイスが出来ないのです。 であるからして、これはわしと同じように息継ぎに苦労している人のために、参考になればと思って、述べるのです。
 まず一節ですが、前奏の後に来るソイ掛けが終わってから、おもむろに息を吸う人がほとんどだと思いますが、わしの場合それでは間に合わないので、ソイ掛けの後半あたりから、まず腹に空気を入れて、次いで肺に空気を入れます。ここまでは口から吸います。そして最後に口を閉じて鼻から少し入れます。つまり三段構えで吸うわけです。これを「七三の構え」といいます。口から七分、鼻から三分ということです。別におちょくってるわけじゃないです。本人は実にまじめに実行しているんですから。
 二節から四節は鼻で吸うのは間に合わないので、口で吸います。もちろん、鼻の穴の大きい人は鼻から吸うのよいでしょう。五節は余裕があるので一節と同じように吸います。六節七節は三節四節と同じです。まあこれはあくまでも、わしのやり方です。
 息継ぎの時に鼻で息を吸うのはいいが、息継ぎのたびに横を向いて息を吸う人がいます。これは、息継ぎの音を聞かれたくないというところから、かくいう行動に出たものと見受けるが、息継ぎのたびに屁をひるような音がするってんなら止むをえないが、そうでなければ、ちと見苦しいです。最近は全国大会なぞでも、唄う姿も採点の対象になっているようなので、損をしてるのではないでしょうか。
 うら若き乙女にはお勧めできないが、漁師あがりの人などはむしろ、すするような音をたてて息継ぎをすることで野性味を出し、それがまたなんとも追分好きにはたまらん魅力を醸し出すなんてこともかつてはあったもんです。
 最後にもう一つ、練習の時は息が続くのに、舞台にあがると緊張して息が続かなくなる人がいるが、これも上がらない人からすれば、なんであがるのってなもんですが、あがっちゃうんだからしょうがねーだろとしか答えようがないわけだ。統計的にB型の人が名人になる確率が高いと言われてますな。
 対策としては、先人が色々考えてくれています。できるだけ舞台に多く立って度胸を付けなさいとか、手のひらに人と書いてのみ込みなさいとか、救心をを飲むといいよとか、その他ありとあらゆることが語られているが、要は自分に合った方法を見つけることだな。