2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

追分を唄って強盗に遭う

まあなんだな、芸事に限らずなにごとも「キチガイ」と言われるくらいでないと上達しないもんだよ。わしなどは、追分を始めた頃のことだが、唄いながら歩いていて、よく道行く人に振りかえられたもんだ。夜中にどこかの家の軒下で唄っていて、このやろ~って…

咽喉に良い・悪い飲食物について

「春の海」の作曲で知られる宮城道雄の書いたものの中に『声と食物』というのがある。ちょっと面白いので引用します。ーーーーーーーーーー (中略)それと比較して、欧州人の歌うあの綺麗な声は、肉食をしているためであると思っている。それで、声楽家の三…

高い声を美しく出す

わしは30代の頃は二尺で唄っていました。それが三十年のブランクがあり、定年退職後に再開したせいで、今では二尺四寸です。低音は昔から得意だったが、高音がダメージを受けて出にくくなりました。それでもなんとか工夫しています。 五節を例にとってみま…

息の吸い方について

歌を歌う時は,息は鼻から吸うのが理想である。 口から吸うとどうしても声帯が乾燥しやすく音程が不安定になりがちだからである。ヴォイス・トレーニングの教本なんぞを見ても、大体において、鼻から吸うことを推奨しているようです。とはいえ、わしのように…

海にて唄う

わしの住んでる家は海岸まで歩いても15分位のところなので、体調不良になる前はよく散歩がてら海まで行きました。途中、海の手前に県立の海浜公園があるので、中を一周散歩してから海に出ます。一周3キロくらいあるので、ちょっとした運動にはなります。 …

三坂馬子唄

愛媛県中部、久万高原の久万盆地にある上浮穴(かみうけな)郡久万町は、土佐街道に 沿う旧宿場町であり、木材の町としても知られている。江戸時代から、木材は馬車に積 まれて松山に運ばれた。この道中に三坂峠があり、この三坂峠は「三坂三里は五里ござ る」…

正調江差追分歌詞集Ⅱ

『後唄』 『後唄』は、いつ頃、どこで、誰が、加えたのだろうか。 「江差追分」のはじめは『前唄』も『後唄』もなく、全部『本唄』の26文字であって、これを二回繰り返して唄っていたのです。これを大正に入って、「江差追分」を興行で唄うようになってか…

正調江差追分歌詞集Ⅰ

これは何もすべての歌詞を列挙しようというのではありません。いわばわしの「お好み歌詞集」です。それでもかなりの数になるでしょう。 『前唄』 この『前唄』を編み出したのは、南部水沢の虚無僧、島田大次郎と言われている。 昭和9年頃の「江差日々新聞」…

わが詩集

『江差追分に寄せて』(昭和54年32才時) 荒磯の岩に砕けし波しぶき 鴎島に春遠からんを想う 名人の唄を聞くたびわが芸の 遅々たる歩みがもどかしい いつの日かまことの追分もとめつつ 歩いてみたや江差の浜を 波しぶく海に向かいて追分を 声も裂けよと…

鷗島

(江差町郷土資料館より)鴎島 江差には都合11回訪れました。内訳は、追分会に入る前の若い時の個人旅行で2度、セミナーで4度、全国大会で5度である。「鷗島」にはその都度必ず訪れました。江差の風に当たり、江差の匂いをかぐにはこの上ない場所だと思…