咽喉に良い・悪い飲食物について

 「春の海」の作曲で知られる宮城道雄の書いたものの中に『声と食物』というのがある。ちょっと面白いので引用します。
ーーーーーーーーーー
 (中略)それと比較して、欧州人の歌うあの綺麗な声は、肉食をしているためであると思っている。それで、声楽家三浦環女史が唄う前にはいつも、ビフテキを食べられるということを聞いた。また、私の奉職している音楽学校で、観世流の家元とよくお目にかかることがあるが、観世氏は非常に大事なお能のある前には、ビフテキを二皿も三皿も平らげるということを聞いた。
 すべて、歌う前には動物性の油は咽喉によいが、植物性の油はよくない。テンプラなどを食べた後は声が出ない。或る義太夫語りは或る地方に行って、初日の日にテンプラを食べて出演したため声を悪くして、初日を滅茶々々にしたという話がある。このテンプラの話も唄う直ぐ前のことで、時間が経てば差し支えないと思う。
 また、私の経験によると、林檎のようなもの、レモンのような柑橘類の少し熟したものを食べると、声のよく出ることがある。それも、人によって違うかもしれぬが、多くの場合一寸酸味のあるものはよいようであるが、鮨などはあまり食べない方がよく、酢は殊にいけない。そして、声を出すのに大切なことは、胃を悪くしないことである。私は唄う前には決して食物をとらない。たとえ食べても、腹八分目にしておくのである。重ねていうておくが、この食養生は唄う直ぐ前のことである。
ーーーーーーーーーー
 まあ、ビフテキについては、スタミナをつけるためにコレステロールを上げなければいけないわけで、それはそうなのだが、わしの様に糖尿病の持病があり、コレステロールを下げる薬をのんでいるものにとっては痛しかゆしだな。また、鮨も大好きなんだが、唄う直前に食うこともないからまあよかろう。しかしながら唄う日の朝食に酢のものとかテンプラが出たら、念のため避けたほうがよいのかもしれん。機会があったら試してみようか。
 『声と食物』の中で話の出た三浦環というのは、大正から昭和にかけて活躍したオペラ歌手で、欧米プリマドンナ生活20年という、日本の声楽家で初めての記録を作った人であります。
 彼女もお蝶夫人という自叙伝を書いていますが、その中で、彼女は15年間のアメリカでのプリマドンナ生活で、声を美しくするために、歌う前と幕間に生卵を飲む習慣があり、また、毎朝、普通の十人前はありそうな大きなビフテキと鶏を一羽食べた。それで「蝶々夫人」を二千回以上も歌えたのだそうだ。わしもこの話を読んで、毎朝、生卵だけは飲むことにした。
 彼女が言うには、日本でも昔から義太夫長唄をやる人は咽喉にさわるからといって茄子や里芋は食べない。刺身のワサビも食べなかったそうだ。彼女はまた水を飲むのが好きで、食事の時もアルコールの代わりに水を飲んだのです。
 歌というものは、ただ単に五線紙に書いてあるお玉杓子を歌ったのではいけない。歌はいつでも「真心」と「愛情」と「誠実」をこめて歌わなければいけない、というのが彼女の持論です。

 歌う直前には水の飲むのがおすすめです。これは咽喉を乾燥させないためです。声帯は乾燥に弱いのです。この水はもちろん熱くもなく冷たくもない常温の水のことです。水が冷たければ、暫く口に含んで常温にしてから少しづつ飲み込むとよいです。直前にアイスクリームを食すなぞはもってほかである。
 カフェインを含むコーヒー、お茶は少量なら問題はなさそうですが、一応、体外に水分を排出する作用があることは承知しておきましょう。アルコールは適量であれば、血流が良くなり声帯効率も良くなるようですが、やはり体内から水分を奪っていきます。


〇咽喉に良いといわれるもの
常温水ーー保湿  
・蜂蜜ーー保湿・殺菌                             
・生姜ーー免疫力を高める     
・大根ーー抗炎症作用 
・牛肉ーースタミナ  金欠の場合は、卵(生卵でもゆで卵でもよい)

    
〇咽喉に悪いといわれるもの
・煙草ーー喉だけじゃなく肺にも悪かろう  
・アルコールーー声帯を充血させ炎症させる
        「飲むなら歌うな、歌うなら飲むな」という標語がある
・香辛料ーー少量なら問題ないようだが、避けるのが無難
・ナッツ類ーー歌う前はナッツは食べない。噛み砕いたナッツの小さな粒が声帯に悪さ
       をする
 ここに挙げた咽喉にいい食べ物、悪い食べ物も、一応の目安であって、個人差があるので最終的には自分で選び取っていくしかないというところでしょうか。
何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、身の程を知るということが肝要です。
 それとこれは、咽喉とは直接関係ないが、わしの場合は、本番で歌う2日前から風呂には入らないことにしている。体調を崩すことがあるからです。